2017年03月12日

個展「物語る絵2」再訪しました。

近藤ようこ個展「物語る絵2」ビリケンギャラリーで開かれている近藤ようこ先生の個展「物語る絵2」ですが追加された絵があるというので、再訪しました。2017年3月12日、最終日でした。小説や物語を糸口とした描き下ろし絵画作品が15点、「夢十夜」の原画18枚が展示されていました。


左から(★は後期に追加された絵)
「少女地獄・火星の女1」夢野久作『少女地獄』から(水彩絵具・アクリル絵具)
「人魚姫」(墨)★
「少女地獄・火星の女2」(水彩絵具・アクリル絵具)
「日本霊異記」吉祥天が男の願望に応える(水彩絵具)
「蝉丸」(水彩絵具)
「じゃがたら文」17世紀初頭、国外追放された混血児のイメージ(水彩絵具)★
「天稚彦」御伽草子『あめわかひこ』から(水彩絵具)★
「夜」『夢十夜』から(水彩絵具)★
「蟇の血」田中貢太郎『蟇の血』から(水彩絵具)
「海人(珠取)」謡曲『海人』から(水彩絵具)
「骨の肉・牡蠣殻と伊勢海老」河野多恵子(鉛筆&色鉛筆)★
「夢十夜2」夏目漱石『夢十夜』から(パステル 水彩絵具)
「夢十夜1」夏目漱石『夢十夜』から。ポストカード(水彩絵具)
「桜」(水彩絵具)
「百合」(水彩絵具)

今回、さまざまな手法にチャレンジされたことがわかりました。いつもは水彩ですが、墨画、パステル画、鉛筆&色鉛筆画といった手法の作品がありました。

ビリケンギャラリーでの個展も3回目。できればそろそろ画集が欲しいところです。いま、画集を売るのは難しい時代で、滅多につくられませんが、是非お願いします。

原画は同じです(個展「物語る絵2」に行ってきました
2017.03.12. 22:18 | イベントレポート

2017年02月20日

個展「物語る絵2」に行ってきました

近藤ようこ個展「物語る絵2」2017年2月19日、青山ビリケンギャラリーで開かれている近藤先生の個展「物語る絵2」に行ってきました。小説や物語を糸口とした描き下ろし絵画作品が10点、「夢十夜」の原画18枚が展示されていました。


会期:2017年2月18日(土)〜3月12日(日)
開催時間:12:00〜19:00(毎週月曜日定休)
会場:ビリケンギャラリー(東京都港区南青山5-17-6-101 TEL:03-3400-2214)

●絵画作品10点
1.「夢十夜1」〜夏目漱石『夢十夜』から。ポストカード(左上の絵)第十夜の女
2.「少女地獄・火星の女1」〜夢野久作「『少女地獄』から
3.「少女地獄・火星の女2」〜 〃
4.「蝉丸」〜謡曲『蝉丸』から
5.「夢十夜2」〜夏目漱石『夢十夜』から
6.「日本霊異記」吉祥天が男の願望に応える場面
7.「蟇の血」〜田中貢太郎『蟇の血』から
8.「海人(珠取)」〜謡曲『海人』から
9.「百合」
10.「桜」

●原画16枚
1. 「第一夜」p6
2. 「第一夜」p7
3. 「第一夜」p8
4. 「第三夜」p29
5. 「第三夜」p30
6. 「第三夜」p31
7. 「第三夜」p32
8. 「第三夜」p33
9. 「第五夜」p64
10. 「第五夜」p65
11. 「第五夜」p66
12. 「第六夜」p78
13. 「第六夜」p79
14. 「第六夜」p80
15. 「第十夜」p142
16. 「第十夜」p143

絵画作品から。「夢十夜2」は「第一夜」の女性でしょうか?他の絵が紙にペンと水彩で色をつけられているのですが、これだけカンバスのような地で、雰囲気が違います。「少女地獄・火星の女1」の方の顔が外されている表情が怖いです。「海人」の小刀を加えた女性の厳しい表情も目を引きました。「蟇(がま)の血」は前回の「物語る絵」でも取り上げられていましたね。9と10は本を買うといただけるポストカードのイラストです。

原画の方ですが、「第一夜」の穴の中の女性の絵を見ることが出来ました。「第六夜」の彫刻の部分のみ墨で描かれていて、効果的にこの太い線を使われているのだなということがよくわかります。

3月には絵が追加されるそうです。その頃、是非また伺いたいと思います。

本日12時より漫画家 近藤ようこ個展 「物語る絵 2 」開催いたします!!!(billiken-note)


(ビリケンギャラリーに行くときはいつも近くのNicolai Bergmannに寄っていきます。)
2017.02.20. 02:02 | イベントレポート

2016年09月26日

ミュージアムトーク「國學院の学び、『死者の書』」レポート

2016年9月24日(土)、國學院大學博物館で開催されている「折口信夫と『死者の書』―生誕130年記念 特集展示」を観てきました。また、ミュージアムトーク「國學院の学び、『死者の書』」を聴いてきました。

近藤先生の「死者の書」の原画ですが、9月3日〜22日を前期、9月23日〜10月10日を後期として2回に分けて各20枚ずつ展示されます。23日からは後期なので、下巻から20枚です。

  • p8〜11の4ページ
  • p30〜31の2ページ
  • p71〜73の3ページ
  • p144の1ページ
  • p177〜179の3ページ
  • p180〜181の2ページ
  • p190〜194の5ページ


12時30分から博物館のホールではミュージアムトークが始まりました。今回は民俗学者で同大文学部教授の小川直之氏との対談形式になります。前回と異なり、この日はシックな洋装でした。お着物も素敵ですが、近藤先生は洋服姿も素敵です。

最初に歌人・釈迢空としても知られる折口信夫の肉声が残っていて、それを聞かせてもらいました。それから対談に入りました。


小川先生:近藤さんはどんな学生生活を送っていたのですか?

近藤先生:今はとてもきれいな校舎になりましたが、自分がいたころはもっと古くて狭い校舎でした。

高校生のとき、折口民俗学に興味があったので入学を考えたのですが、世間では右翼のイメージがあったので、怖かった。それで高校三年生の夏休みに見学にきました。当時の大学はどこでもそうでしたが、学生運動の立て看板がありました。右翼の学校かと思っていたら左翼もいる、バランスのとれた自由な大学なのかなと思い、安心しました。

今思うと良い大学だったと思います。卒業してしまうと、もっと勉強出来たのでは?と思ってしまいます。渋谷からすぐという街中にあるのに、静かでのんびりとした環境でした。

高校生のときに勉強したいけれど、どのジャンルかわかりませんでした。古代史なのかな?と思ったりもしました。
歴史学者の上田正昭先生の「日本神話」を読んで、民俗学というものがあることを知りました。そこでは「柳田学は幸福の民俗学、折口学は不幸の民俗学である」という趣旨の言葉を読みました。折口学は柳田学が拾わなかった「死」や「わかれ」「性」といったものを扱っているという意味ですが、それなら私は折口学だと思いました。ちょうど「死者の書」が中公文庫から出たところでしたので、早速買って読んでみて「自分がやりたかったのは、これだ」と思ったのです。



小川先生:大学で勉強したことは、今でも役に立ってますか?

近藤先生:漫画家の仕事の役に立っています。大学で勉強する過程で知った「小栗判官」を漫画化したりしました。

小川先生:デビューは大学時代ですよね。

近藤先生:大学生時代も漫研(漫画研究会)に入っていて、デビューが大学4年生でした。卒業ぎりぎりの単位しかとらず、4年生の時は授業は週に3時間だけで、あとは卒論を書くだけでした。ですから、ずっと図書館にいて、古い論文を探すのがとても楽しかったのです。

卒業後、漫画を書くときに調べ物をすることがたくさんあります。そのときに調べ物のやり方などで、大学時代に学んだことは役に立ちました。

また、4年生の時に徳江(元正)先生の「中世文学演習」をとりまして、この授業で学んだ「絵解き」の勉強は半分趣味で、半分仕事で続いています。



小川先生:「死者の書」を読んで印象に残ったところを三つあげてください。

近藤先生:全て好きなので、三つというのは難しいですが…。

1. 初めて「死者の書」を読んだとき、私の知っている言葉がたくさん出てくると思いました。これまでは古事記などでしかこういう言葉を使うものは読んだことがなかったので。

2. 話がぼんやりとしかわからない、でも何故かおもしろい、と思いました。

3. 大伴家持がおもしろい人物だと思いました。

〔すみません、ここからメモが判読できなくなっています。話がかなり抜けています〕



最初は「死者の書」を「しょ」ではなく「ふみ」と読んでいました。たぶん大学でそう習ったからだと思います。

「死者の書」は俤びとのイメージがおもしろいのですが、ほかに、郎女が夢の中で珊瑚になったシーンがおもしろいです。これは折口が海を出したかったのではないかと思います。
「ずんずんと、さがって行く。水底みなぞこに水漬みづく白玉なる郎女の身は、やがて又、一幹ひともとの白い珊瑚さんごの樹である。脚を根、手を枝とした水底の木。頭に生い靡なびくのは、玉藻であった。玉藻が、深海のうねりのままに、揺れて居る。やがて、水底にさし入る月の光り――。ほっと息をついた。」




小川先生:「死者の書」の次に取り上げて漫画化したい作品はなんですか?

近藤先生:それはありません。「しんとくまる」(「身毒丸」という漢字が一番好きです)もすでに出していますし。折口信夫は詩集を3冊(「古代感愛集」「近代悲傷集」「現代襤褸集」)を出しているので、その詩に挿絵をつけるというのをやってみたいのですが、そんな仕事は多分来ないと思います。



最後に折口信夫が描いたスケッチが公開されました。落書きやフィールドワーク中のスケッチまで、さまざまなイラストがありましたが、まさに「ポンチ絵」と呼べるような、ユーモアあふれる絵もありました。

すみません。相当飛んでいますので中身の薄いレポートになっていますが、本当はもっと中身の濃いイベントでした。

集展示生誕130年記念 「折口信夫と『死者の書』」ミュージアムトークIII
2016.09.26. 23:27 | イベントレポート

2016年09月12日

ミュージアムトーク「『死者の書』を漫画化するということ」レポート

國學院博物館2016年9月10日(土)、國學院大學博物館で開催されている「折口信夫と『死者の書』―生誕130年記念 特集展示」を観てきました。また、ミュージアムトーク「『死者の書』を漫画化するということ」を聴いてきました。大勢の方が集まっていました。

近藤先生の「死者の書」の原画ですが、9月3日〜22日を前期、9月23日〜10月10日を後期として2回に分けて各20枚ずつ展示されます。今回は上巻から20枚。展示には書籍のページと原作の該当ページが添えられています。

展示原画:冒頭のカラー4ページ分/第1話扉からp12までの6枚/p36〜37/p40〜41/p68〜69/p84〜85/p156〜157

ミュージアムトーク14時から博物館のホールではミュージアムトークが始まりました。数々のイベントで登壇されてきた近藤先生ですが、必ず聞き手がいらっしゃって、対談形式をとっておられました。今回おそらく初めて「一人での講演会」とのことで、30分と短い予定でしたが、予定をオーバーして45分くらいの時間となりました。

近藤先生と「死者の書」の出会い、漫画化する目的、そして漫画化にあたって心がけたことなどについてお話されました。展示されている原画をもとにお話を進められています。

メモから起こしていますので、抜けた部分は多くあります。また間違いもあると思いますので、こちらのフォームよりご指摘ください


「死者の書」と出会ったのは、この中公文庫の本で、ここに「75.6」とメモがあるので、1975年の6月に購入したと思われる。高校3年生でどこの大学に進学するか考えていた頃、自分のやりたいことが、どのジャンルになるのかわからなかった。民俗学というものがあり、それも柳田学ではなくて折口学というものであるあることがわかった。ちょうどその頃に出会ったのだと思う。それ以来41年経って漫画化することになった。

自分自身がおもしろいと思って漫画化したのだが、最終的には皆さんに原作を読んで欲しいと思って漫画化した。
インターネットで検索すると、案外「死者の書」を読んだことがある人は大勢いるのだが、「何が書いてあるか、わからなかった」「途中で諦めた」という人が多い。それは残念なので、入門書というか手引きのようなものなら、自分のも出来るのではないかと思った。昨年から今年始めにかけて『コミックビーム』誌で連載した。

「死者の書」の何が難しくて読みにくいのかと考えた際に、一つは時系列がバラバラなこと。二つ目に読者に折口学の基本や歴史の知識があることを前提に書かれてあるため人間関係などがわかりにくいことがあげられるのではないか。そのあたりを整理してわかりやすくしたが、自分の解釈は入れていない。「死者の書」については人形アニメーションは見たが、なるべく研究書など他の情報は目に入れないようにした。テキストを折口の原作のみとした。

今読める「死者の書」は初稿から構成を入れ替えてあるもの。そこでオープニングは「彼の人の眠りは、徐かに覚めて行った。」とある通り、滋賀津彦が蘇るシーンから始まる。初稿は郎女が家出をしてお寺の門に入るところから始まる。初稿は時系列の通りでわかりやすいので、その通りに描こうと思ったのだけれど、冒頭に死者の目覚めも欠かせない。そこで折衷案として郎女が山を歩いて行くところと死者の目覚めを同時に描いた。

(以後はスライドに原画が写ります)

1) 「死者の書」上巻カラー4ページ(図は冒頭の1ページ)
「死者の書」上巻カラー連載を開始するにあたり、カラーを入れるように言われたのだが、冒頭は闇で真っ暗だから、カラーは要らないと言ったのだが、イメージがでいいからと言われ、4ページ描いた。今は描いてよかったと思う。


2) 「死者の書」上巻 p7〜12(図はp10)
「死者の書」上巻 p10「したしたした」という音は滋賀津彦のお墓の中で水が垂れる音だが、これを郎女の足音と連動させて描いている。


3) 「死者の書」上巻 p36〜37 蓮の糸について(図はp37)
「死者の書」上巻 p37蓮の糸の作り方は調べると2種類出てくる。ミャンマーでやっている方法、茎を二つに折って細い繊維を切れないように引き出していく方法を描いた。


4) 「死者の書」上巻 p40〜41(図はp41)
「死者の書」上巻 p41郎女のキャラクター設定を説明するのが一番難しかった。藤原氏の中でも〔郎女は藤原四家のうちの南家族長・豊成の第一嬢子である〕一番神に近い「斎き姫」にふさわしい人として説明した場面。藤原氏は水の信仰を司る一族であり、郎女はいわゆる「水の女」である。

郎女は乳母や語り部から自分たちの一族の物語・歴史を語られて育っている。水の女の物語と言えば、神の禊ぎを手伝うたなばた姫の物語がある。郎女はその末裔であるというイメージをここで描いている。

郎女は古い物語を聞かされて育ち、新しい知識を学び〔才を習う〕、新しい物語を求めて出て行くのだが、最後は神に仕える女として、どこかに行ったのではないかと思う。


5) 「死者の書」上巻 p68〜69 大伴家持と坂上郎女が語り合う(図はp69)
「死者の書」上巻 p69大伴家持が登場する。現世的な男性・藤原仲麻呂と異なり、大伴家持は時代遅れで政治力がなく、歌を詠むのが好きな人物。家持の人物を表現するために坂上郎女を登場させた。坂上郎女というのは家持の叔母で、一族の斎き姫である。この女性は原作には出てこない。


ちょうどこれを描いていた頃、ラグビー日本代表が勝っていて、家持が五郎丸選手に似ていると言う話題が出ていた。(会場爆笑。似てる〜!!)




6) 「死者の書」上巻 p84〜85(図はp85)
「死者の書」上巻 p85郎女が住んでいるのは平城京の館で、二上山は見えるが、方向としては、ふたこぶあるようには見えないはずだが、このように描いた。

仄暗ほのぐらい蕋しべの処に、むらむらと雲のように、動くものがある。黄金の蕋をふりわける。其は黄金の髪である。髪の中から匂い出た荘厳な顔。閉じた目が、憂いを持って、見おろして居る。ああ肩・胸・顕あらわな肌。――冷え冷えとした白い肌。おお おいとおしい。


郎女が幻を見るシーン。白い肌、黄金の髪の毛を肩にたらしている。いわゆる仏様の姿とは違うが、そのまま描いた。ガンダーラ仏のイメージが良いかと思って描いた。


7) 「死者の書」上巻 p112
「死者の書」上巻 p112滋賀津彦が処刑されるシーン。「鴨のように首をねじちぎられた」とある。絞首刑だが、今のつり下げるタイプではなさそう。両側から引っ張るように描いた。


8) 「死者の書」下巻 p8
「死者の書」下巻 p8「死者の書」は難しい。郎女によって滋賀津彦の怨念が山の上に表れた俤(おもかげ)人と合体してさまようのだと言われたが、よくわからない。よくわからないが、原作通りに絵を描いていると、はっきりするところもある。

滋賀津彦の霊が郎女を耳面刀自と思って夜訪れる足音がする。最初は怖がっていたが、次第にその訪れを待るようになる。それが少しずつ訪れなくなっていくと、さみしく思うようになる。すると、郎女は幻を見る。滋賀津彦の霊と俤人が近づいて一体化したように思えた。不思議な体験だった。


9) 「死者の書」下巻 p185
「死者の書」下巻 p185一カ所だけ自分の創作を入れた。原作には出てこない家持を再び登場させて、死んでしまった藤原仲麻呂の思い出を語らせている。




質問
高校生のときに読んで、今のタイミングで漫画化されたのは何故か?

答え
きっかけは描かせてくれる雑誌があったこと。30数年漫画を描いてきて、あとこれからどのくらい描けるかわからない。体力的に大変な仕事。今じゃないと出来ないと思った。


質問
当麻寺では中将姫伝説はメジャーで、大津皇子はそうでもないのに、何故折口信夫はこれを一緒にさせた物語を書いたのだと思うか?

答え
それはわからないが、中将姫伝説の姫と「死者の書」の郎女は違うように思う。もっと近代的なキャラクターで、もっと強い、自分の意思をもった女性に見える。



サイン中ミュージアムトーク後、サイン会が開かれました。私は下巻には以前サインをいただいたので、今回は上巻をもっていきました。

近藤先生は秋の装いか、トンボの柄のお着物をお召しでした。いつもながら素敵でした。9月ですので残暑が残っていましたが、それほど強烈に暑くない、晴れたいい日でした。


ミュージアムトーク、近藤ようこ「『死者の書』を漫画化するということ」(國學院大學取材日誌)
2016.09.12. 11:50 | イベントレポート

2016年05月14日

5月14日、日本マンガ塾のトークライブに登場されました。

近藤先生サイン中2016年5月14日、神田神保町の日本マンガ塾で近藤ようこ先生のトークイベントが開催されました。印象に残ったところだけ抜粋ですが、レポートを書きます。

企画及び司会進行の飯田耕一郎先生(漫画家、編集者、漫画評論家)と近藤先生はデビュー当時に活躍されていた場所が近いという旧知の間柄。『劇画アリス』ですね。近藤先生は『ガロ』でデビューした後、三流劇画誌ブームの中で『劇画アリス』の米沢嘉博編集長の下、自由に描かせてもらえた、と。後でお話しされていましたが、まだ20代前半だったので、無理に「エロ」を入れていた。若い女性の実体験のように思われるのも、あえて利用していたところもある。全部戦略です、と。

高校生の頃のお話しに遡ります。新潟の高校で高橋留美子先生と同じクラスになり、池上遼一先生が好きという点で意気投合、漫画研究会をつくって…というお話しは知られていると思いますが、今日その漫画研究会が「今でも続いている」と聞いてちょっと驚きました。創設者が高橋留美子先生と近藤ようこ先生だと、すごい宣伝していそう。年に1回文化祭のときに小冊子は出していたそうです。その小冊子、是非見たいです。きっとすごい貴重。

その後近藤先生は國學院大學に、高橋留美子先生は日本女子大へと進学されます。高橋先生の方は目白花子先生と大学で漫画研究会でご一緒だった(目白花子先生が会場にいらしてました)。大学在学中に「ものろおぐ」を描いて『ガロ』でデビュー。卒業後は紀伊國屋書店でアルバイトをしたものの体力がもたず、1年で辞めてしまった。

三流劇画誌や『マンガ奇想天外』の頃は12〜16ページくらいしかもらえなかったので、短編を書いていたけれど、本当はストーリーものを描きたかった。それでキャラクターを短編の中でつなげていき、単行本にするとわかる、というようなことをした。それをしなければ自分がもたなかった。

『サンデーまんが』で描き始めたきっかけは畑中純さんがまったく面識のない近藤先生を推薦したこと。それで畑中純さんの「まんだら屋の良太」を読んでみたら、とてもおもしろかった。たくさんの人物が登場して物語が広がって行く。これが『漫画サンデー』で「見晴らしが丘にて」を連作することにつながる。現代ものの描き方の幅が広がったのは、このときのことがある。畑中純さんは近藤先生にとって、恩人なんですね。

現代ものと中世もの、両方描いているけれど、中世そのものを描いても受け入れてもらいにくい。心情的なものは現代人の中にあるもので、今の読者がとっつきやすいものにしないとならない。でも現代人そのものの心情だと、中世を描く意味がない、そのバランスをいつも考えていた。中世ものは他の作家とネタがかぶらないところがいい。時代ものは考証が大変だけれど、自由なので現代ものより楽。ずっと現代ものを描いているとストレスがたまる。時代ものと現代ものは難しさの質が違う。時代ものは生首が転がっていたりとか、思い切ったことが出来るので、楽しい。

文学を漫画化することが増えたきっかけは、小学館の『SOOK』で連載した坂口安吾の「夜長姫と耳男」「桜の森の満開の下」。その後6年ほど構想に時間をかけて「戦争と一人の女」を上梓。安吾作品は完成度がそれほど高くなく、抽象的なことしか描いていない。だから漫画になる余地がある。「戦争と一人の女」はどうしても描きたかったが、雑誌連載は難しいと思ったので、描き下ろししなくてはならない。描き下ろしは先立つものがないと掛けないし、描き始めるまでに覚悟が必要だった。

「戦争と一人の女」「続・戦争と一人の女」はまったく違う小説だが、無理に合体させた。ノートにそれぞれの作品を時系列に書き出していくと、一致するところが出てくる。そこを軸にしてストーリーをつくっていった。“かまきり”という登場人物がいて、主人公二人だけだと話が進まないが、この“かまきり”がいることでうまく進んでいく。小説では成立しない穴を自分で産めることが出来る。「安吾はこう書く」というのはわからないが、「安吾ならこんなことは書かない」というのはわかる。

戦時下、実際に人々は何を考えていたのかが知りたかった。それでいろいろな人の日記を読んだ。普通の小学生の女の子から高見順、永井荷風なども参考にした。卵は闇値でいくら、などという話は高見順の日記を参考にした。東京の空襲写真はほとんどなくて、警視庁のカメラマンの写真集しか残っていない。ところが執筆中に広告会社のカメラマンが撮った写真集が出てきて嬉しかった、など資料収集の苦労についてお話しされました。

文学作品の漫画化の話は続きます。文章を読んだときに思い浮かぶ絵は人それぞれ違うけれど、自分にとってはこれだ、という絵を描いている。「夜長姫と耳男」の蛇がゆらゆらしているカット。これが描きたかった。
夜長姫と耳男
“オレが天井を見上げると、風の吹き渡る高楼だから、何十本もの蛇の死体が調子をそろえてゆるやかにゆれ、隙間からキレイな青空が見えた。閉めきったオレの小屋では、こんなことは見かけることができなかったが、ぶらさがった蛇の死体までがこんなに美しいということは、なんということだろうとオレは思った。こんなことは人間世界のことではないとオレは思った。”(「夜長姫と耳男」)


「死者の書」について。原作はわざと時系列をバラバラにしていて、わかりにくい。原作の初稿版は時系列になっていた。時系列通りに進めた方が読者がわかりやすいと思った。冒頭は闇の中、土の中ばかりの暗い絵なのでカラーは要らないと言ったのだけど、連載の冒頭なのでイメージ的な絵でいいからと編集部から言われ、カラー4ページを描いた。でも「した、した、した」の流れはどうしても冒頭から外せないので、その前に開放的な村の絵や郎女の拝む顔からスタートすることになった。結果的に良かったと思う。

折口の原作は時代的な背景、民俗学的な背景をわかっている人向けに書いているので、知らない人にはどうしてもわかりにくい。あとがきに書いたように、漫画を読んだあと、原作を読んで欲しい。自分は学者ではないので、解釈は入れない。例えば「おもかげ人」は金髪が肩まで垂れていて、阿弥陀仏のような造形とは違うけれど、漫画では原作通りに描いた。
死者の書 おもかげ人
“金色の鬢びん、金色の髪の豊かに垂れかかる片肌は、白々と袒ぬいで美しい肩。ふくよかなお顔は、鼻隆たかく、眉秀で夢見るようにまみを伏せて、右手は乳の辺に挙げ、脇の下に垂れた左手は、ふくよかな掌を見せて……ああ雲の上に朱の唇、匂いやかにほほ笑まれると見た……その俤おもかげ。”(「死者の書」)

「死者の書」については私しか漫画に出来ないという自負はある、とおっしゃってて、本当にその通りだなと思いました。

話の流れとして、どこで出た話か失念してしまいましたが、編集者との関係についてお話しされていました。ネームの直しについては編集者の言うことはほぼ全部受け入れて直す。具体的な修正点を伝えられない編集者はどうしたらいいかわからなくて、すごく困るけれど、ちゃんと言ってくれる編集者の言うことはほぼ受け入れて修正する。だから編集者によって作品の傾向が違うことがある、とキッパリおっしゃっていました。作品は漫画家と編集者のいわば共同作業なのだから当たり前かもしれませんが、ちょっと意外でした。それが近藤先生の作風が「閉じた」ものにならなかった、狭い枠の中で同じ路線をずっと行くようなものにならなかった理由だろうと飯田先生が解説してくれました。

近藤先生の次のお仕事は、5月末から岩波書店のサイトで夏目漱石の「夢十夜」の連載を開始するそうです。月刊だそうです。いずれ単行本にもなるでしょう。

サイントークイベント終了後はサイン会となりました。私は「死者の書」下巻にサインしていただきました。この時の売上金は熊本地震への義援金となるそうです。

近藤ようこさん、トークライブ(國學院大學取材日誌)
2016.05.14. 22:56 | イベントレポート

2015年09月20日

近藤ようこ先生の個展「物語る絵」に行ってきました

「物語る絵」個展の様子2015年9月19日、南青山のビリケンギャラリーで開催されている近藤ようこ先生の個展に行ってきました。「死者の書」の原画と、この個展のために描き下ろした絵が11点展示されています。描き下ろしは先生が気に入られた物語の中の一シーンを描かれたものです。

19日(土)は個展の初日で、開場の12:00時前から並んでいる方がいらして、開場と同時にわっと人が入ったそうで、私が行ったのは12:30頃だったのですが、その波が一段落して、ほっとした感じでした。でもその段階で8割方売却済みでした(20日には全部売却済み)。

○原画
「死者の書」カラー4枚、モノクロ12枚(第1回の冒頭から)

○描き下ろし(全てカラー。右から)
1.「よしや無頼」(中上健次)…背中の刺青から血を流しているところ。筆ペン。
2.「少年」(谷崎潤一郎)…女の子が少年たちに意地悪しているところ。
3.「蟇(がま)の血」(田中貢太郎)…男が椅子に縛り付けられて、ガマガエルをさしだされているところ。
4.「彼岸花」(北原白秋の詩)…季節なので。
5.「妖翳記」(久生十蘭)…色彩華やかな女性の絵。猫の毛を刈るところが面白くて、と。
6.「たまかづら」(紫式部「源氏物語」より)…夕顔の娘なので、夕顔の花を添えて。
7.「死者の書」
8.「桜の森の満開の下」(坂口安吾)…花に埋まっている女性の死体。
9.「シェイヨルという星」(コードウェイナー・スミス)…猫のようなポーズをとる女性の絵。
10.「斬首されたカーリー女神」(マルグリット・ユルスナール)…シヴァの妻で殺戮と恐怖の女神カーリーが首を切られた。生き返ることを許され首を元に戻そうとするが、娼婦の体に頭をのせて、苦しむ姿。
11.「死者の書」…ポストカードの絵。

近藤ようこさん原画展「物語る絵」(國學院大学取材日誌)の3番目の写真。右から「たまかづら」〜「斬首されたカーリー女神」です。

しかしながら、この素晴らしい絵をスキャンしていないどころか、写真も撮影されていないとのこと。ファンとしては画集や展覧会などでまた見たいと思わずにはいられません。しかし世界に一点だけの近藤ようこ先生の絵をお買い上げになられた、その絵を見ることが出来るのはその方と周囲の方だけというのは、それもまた本来の絵のあり方なのかもしれないと思い、穴のあくほど見てまいりました。

「死者の書」上 サインですから、この絵を見ることが出来るのは、この個展だけです。21日(月)はギャラリーはお休みで、30日まで開催されているそうです。

また、こちらで本を買うと先生にサインしていただけます。せっかくですから「死者の書」の上巻にサインしていただきました。

※写真はお許しをいただいて撮影しました。
2015.09.20. 23:50 | イベントレポート

2015年08月16日

書泉グランデで「仮想恋愛」サイン会が開催

書泉グランデで「仮想恋愛」サイン会が開催2015年8月16日、「近藤ようこ初期作品集I 仮想恋愛」(青林工藝舎)の出版を記念し、神保町の書泉グランデで近藤ようこ先生のサイン会が開催されました。写真は開始前の会場です。本番では先生との記念写真を書店の方が撮影してくださったり、ポストカードのお土産をくださったりで、大サービスでした。近藤先生はお着物姿で、とても涼やかで素敵でした。

この「仮想恋愛」には「近藤ようこ初期作品集I」とついているので、「近藤ようこ初期作品集II」は出るのでしょうか?と伺ったところ、青林工藝舎の方は「出せるといいですね。」とのことでした。出るといいなぁ。

近藤先生の初期作品は線がシャープで、カッコいい。モノローグだけで構成される短い作品もあります。現代ものと中世もの、両方書かれているのはこの頃から変わらないですね。

「近藤ようこ初期作品集I 仮想恋愛」

近藤ようこさんサイン会&『アックスVol.106』見本出来!(青林工藝舎編集部だより)
2015.08.16. 23:42 | イベントレポート

2015年01月28日

「新装版 アカシアの道」原画展&サイン会・レポート

parabolica-bis2015年1月24日、近藤ようこ先生の「新装版 アカシアの道」原画展&サイン会へ、柳橋のパラボリカ・ビスに行ってきました。ここは四つのギャラリーとカフェのあるビルで、雑誌『夜想』の本拠地(?)です。parabolica-bis

原画展は2Fのギャラリーで開かれていました。壁の本棚には青林工藝舎の本がずらっと販売されていました。「アカシアの道」と「異神変奏」のカラーイラストははじめて拝見しました。

「新装版アカシアの道」発売記念原画展&サイン会が開かれます。

新装版 アカシアの道●カラー:6点
「水鏡綺譚」(青林工藝舎)第1話扉絵
映画「戦争と一人の女」プログラム 表紙イラスト
「新装版 アカシアの道」扉絵イラスト
「新装版 アカシアの道」表紙イラスト
「異神変奏」カバーイラスト
「異神変奏」カバーイラスト

●モノクロ:22点
「水鏡綺譚」(青林工藝舎)第1話 p2〜5
「戦争と一人の女」p104〜108
「新装版 アカシアの道」p153〜160
「異神変奏 最終話」p26〜30

parabolica-bisサイン会はカフェスペースで行われ、4〜5人が待機、1人終わると1人呼ばれるスタイルです。サインをしていただいている間、私は間近に迫った文化庁メディア芸術祭のお話などを。作品展があるので、こちらも楽しみです。

近藤ようこ『新装版 アカシアの道』発売記念 原画展&サイン会(parabolica-bis)
会期:2015年1月16日(金)〜2月11日(水) ※1月30日は休館
開場時間:月〜金13:00〜20:00、土日祝12:00〜19:00
会場:parabolica-bis[パラボリカ・ビス](東京都台東区柳橋2-18-11 03-5835-1180)
入場料:500円

冬のアックス展その後、南青山のビリケンギャラリーで開かれている「大アックス展」に立ち寄りました。雑誌『アックス』で執筆する42名の作家が好きな曲、好きなミュージシャンのレコードジャケットをオリジナルで描いた作品展です。

近藤ようこ先生の出品は1938年発表、渡辺はま子の「支那の夜」です。大ヒットとなり、1940年には李香蘭・長谷川一夫の主演で映画化されました。ジャケットには女性の姿が描かれていましたが、渡辺はま子さんのイメージか、李香蘭のイメージか、どちらなのでしょうか?

「冬のアックス祭 My Another Jackets U レコード編」
会期/2015年1月9日(金)〜1月28日(水)月曜休
会場/ビリケンギャラリー
東京都港区南青山5-17-6-101
TEL 03-3400-2214

【参加作家】池田ハル、市場大介、英之助、蛭子能収、衿沢世衣子、小口十四子、駕籠真太郎、かなまち京成、河井克夫、川崎タカオ、菅野修、後藤友香、近藤ようこ、齋藤裕之介、逆柱いみり、磋藤にゅすけ、シバ(三橋乙揶)、島田虎之介、鈴木翁二、鈴木詩子、関根美有、世良田美波、高橋宏幸、田中六大、つげ忠男、筒井ヒロミ、東陽片岡、根本敬、花くまゆうさく、花輪和一、ひろせべに、福沢光成子、藤枝奈己絵、星園すみれ子、堀道広、まどの一哉、三本美春、本秀康、森雅之、ユズキカズ、吉田光彦、わだちず、和田みずな
2015.01.28. 15:59 | イベントレポート

2014年04月20日

「五色の舟」「宝の嫁」刊行記念、近藤ようこ原画展&サイン会レポート

サインと手ぬぐい近藤先生のサイン会。私は「戦争と一人の女」以来です。

下北沢駅から会場の場所がわからず、うろうろしてしまいました。わかりにくいとは聞いていましたが、私のような方向音痴には一発では無理です。NAVITIMEでなんとかたどり着きました。
原画展の方ですが、「五色の舟」の表紙のイラストがありました。タイトルは入っていませんが、これはカラーですよね。私が連載開始時に感動したオープニングの2枚のカラー原画を拝見することが出来て、震えました。

サイン会にも参加しました。近藤先生のお着物はこんな感じで素敵でした。先生はサイン会の時いつも穏やかに微笑んでおいでです。緊張してしまい、「よろしくお願いします」以外のことは言えずじまい......。
本はすでに2冊とも購入してあったので、手ぬぐいを買いました。くだんがかわいい。

原画展くだん○原画展
会期:2014年4月11日(金)〜4月22日(火)
時間:11:00〜20:00 ※最終日は19:00まで
会場:SHOP yonpo

「宝の嫁」からモノクロ3枚
表紙
p116
p117

「五色の舟」からカラー3枚、モノクロ4枚
表紙
第1話:冒頭2ページ(単行本p3〜4)
第4話:p21〜24(単行本p95〜98)


○サイン会
日時:2014年4月20日(日)14:00〜
会場:SHOP yonpo(東京都世田谷区北沢2-12-2 ミナナミコーポ105)

本日から開催!近藤ようこ原画展&サイン会整理券(yonpo shop blog 2014.4.11)
関連情報 > イベント
2014.04.20. 23:00 | イベントレポート

2013年03月23日

長井勝一漫画美術館 近藤ようこトークショーのレポート

近藤ようこ×坂口安吾「戦争と一人の女」原画展日時:3月16日(土) 14:00〜15:30
会場:長井勝一漫画美術館
進行:手塚能理子(青林工藝舎代表取締役・『アックス』編集長)
関連情報 > イベント

長井勝一美術館で開かれた近藤ようこ「戦争と一人の女」原画展の終わり頃に手塚能理子さんが進行役をつとめられたトークショーが開催されました。手塚さんは近藤先生とはとても古いお付き合いで、近藤さんの作品については他社に描かれたものも含めとても詳しく、お話を上手にふっていかれたので、どんどん話が進んで行きました。
近藤先生のお話をメモするのがせいいっぱいだったので、手塚さんのお話はほとんど省かれています。自分が近藤先生の作品にどうして惹かれているのかがよくわかるお話もたくさんありましたので、ここに書けないのは残念ですが、ご容赦下さい。
終了後、本の販売会及びサイン会も開かれました。

○「戦争と一人の女」
戦争と一人の女カバー・カバーデザインについて
この本は女の人の下半身の後ろ姿が表紙だが、これは非常に珍しい。漫画のカバーで顔が一切出てこないのは売る方としては不安で、裏にちょっと顔を出させてもらった。これまで近藤さんの本をたくさん出しているが、カバーデザインについてはいつもデザイナー任せで、デザイナーの指示によってイラストを描く。今回は近藤さんの方から「絶対に女の人の下半身を使いたい」と言われた。悩んだが、内容を的確を現していると思った。井上則人さんというデザイナーに依頼。簡単に見えるデザインだが、文字をどこにおくか、とても難しかった(手塚)。

この絵にした理由は理屈では考えていなかったが、インパクトの強い絵を描きたかった。冒険だと思ったので、手塚さんにこんなのはダメだと言われたら他の絵を描こうと思っていた。


・この作品を描こうとおもったきっかけ
坂口安吾は前から好きだった。この作品を描く前に「夜長姫と耳男」「桜の森の満開の桜」を描いた。「戦争と一人の女」は長らくGHQの検閲後のものしか出版されておらず、あまり面白くなかった。2000年の筑摩書房の全集で初めて無削除版が出版され、その後、講談社文芸文庫に入った。それを読んでおもしろい小説だと思った。いかにも安吾の小説だと思った。その頃、戦争中の普通の人たちがどんなことを考えて、どんな暮らしをしていたのかに興味があって、調べていた。ちょうどこの無削除版と自分の興味が重なった。

・原作の小説について
しかし、この安吾の小説は観念小説であって、普通の人の生活を描写したものではない。「夜長姫と耳男」「桜の森の満開の桜」と同じような構造をもっていると考えている。小説家らしい野村という男は戦争にはどうせ負けるから、男はどうせ殺されるか奴隷にされるかいずれかだと思いこんでいる。その男が昔女郎だった酒場のマダムと知り合って、戦時中に限っての同棲生活をしている。この作品は実はすごく観念的で、女の実態が全然語られていない。「続・戦争と一人の女」という女の一人称の小説もあるのだが、女が自分のことを語っているように見えるが、本質は全然語っていない。一人称だから正直に話しているのだろうというトリックがあるが、女の本質は全然わからない。
この小説は男が主人公で、男の孤独や苦脳を女が映し出す装置としての女がいるという構造をとっている。これは「夜長姫」や「桜の森...」に出てくる生首を欲しがる女と同じである。お話としてはものすごく観念的だが、「夜長姫」や「桜の森...」が神話的・寓話的であるのに対して、「戦争と一人の女」は戦争という"現実"を背景にしたもので、その力がすごく強い。この"現実"を引き寄せて、この女にちょっと生身の感じを出したいと思った。


○「アカシアの道」
アカシアの道20年前、アルツハイマーをテーマにした作品を描いた。これは、編集者から「レーガン元大統領がアルツハイマーになったということが報道されている。自分はジャーナリスティックな考え方しか出来ない。アルツハイマーが話題になっているので、それで何か描けないか」と言われたことがきっかけ。

それは面白い題材だと思ったが、自分はジャーナリスティックな描き方は出来ないし、好きではない。だったら自分の土俵に引っ張り込んでやるしかない。そこで、親子関係がうまくいっていないのに、母親がアルツハイマーになり、娘が苦労するという形にもっていった。

今は認知症と言われているが、当時アルツハイマー型の痴呆と言われていて、一応文献や症例は読んだ。NHKから「モデルは誰か、取材はどこでしたのか?」と聞かれたが、そういうものは一切なく、全てフィクションだと言ったら、すごくがっかりされた。ジャーナリズムの人たちは本当のことが尊いと思っているようで、漫画家としてはがっかりした。

また、『週刊アクション』で連載していたのだが、読者のお便りに「主人公が一人でこんなに苦しんでいるのはおかしい、今はもっと福祉が充実しているのだから、そういう制度を利用すればいい。漫画の中でそういった施設を紹介して欲しい」というものがあった。福祉は確かにあるが、それで救われている人ばかりではない。漫画を何かを告知したり啓蒙したりする手段としてしか見ていない。漫画は漫画家の創作物であって、何かをわかりやすく宣伝したり、告知するものではないと思い、がっかりした。


○「ホライズンブルー」
ホライズンブルー児童虐待をテーマにした作品。

私自身も母親とあまりうまく行ってなかった。この頃、幼児をもったお母さんむけの雑誌の仕事を少ししていた。その雑誌を読んでいたとき、読者のお便りのページで3〜4歳の子供をもつお母さんが「どうしても子供をかわいがれない」という悩みを書いて投稿していた。「本当はかわいいのだが、自分の余裕のないときに泣きながらまとわりつかれると、すごくいやだ。そういう自分もいやだ」というお便りだった。その投稿が記憶に残っていた。子供の虐待というのは10年くらいの周期で話題になる。その頃ちょっと雑誌の特集などに取り上げられていたりした。世の中には表に出ていないけれど、虐待されている子供も苦しんでいるが、している親も苦しいのだろうということが見えてきたので、このテーマで描いてみようと思った。

それまでは親が自覚的に苦しんでいるということを知らなかったので、実際にこういう人がいるんだということに驚いた。子供の虐待は親が悪い、子供がかわいそうという一面的な描かれ方しかなかったが、親の方を考えるともっと違う局面が描けるかなと思った。


○「水鏡綺譚」
水鏡綺譚角川書店の少女漫画誌『ASUKA』で連載されていたが、人気がなくて途中打ち切りになった。角川から上下巻の単行本になって出ている。連載が終わってから5年目くらいだと思うが、「水鏡綺譚」は最後まで描いてないので、それ(50ページくらい)を描き足して本にしたい」と申し出があった。これから続きを描くのかと驚いた(手塚)。

やっぱり終わらせたかったので、青林工藝舎さんなら続きを描かせてくれて本にしてくれるだうと思い、お願いした。角川から出した上下巻をまとめたのでこんなにぶ厚く値段も高いが、2冊分なのでお得かもしれない。「見晴らしガ丘にて」も30年近く前のものなのに、絶版ではなく手に入る本があり、買って下さる方がいるということは漫画家冥利に尽きる(近藤)。

これを出した後、同業者の漫画家に「完結を待っていた」とずいぶん言われた。これは別れと再生の話で、悲しくもあり、たくましくもある物語。あとがきを読んで泣いた。確かに、才能がないと描けないのだが、近藤さんは作品に注ぐ力が並大抵ではない。近藤さんの中世ものを読みたい方には入門書として「水鏡綺譚」を勧める(手塚)。

○「小栗判官」
小栗判官中世ものは好きなので描いているが、学術的に正しいわけではない。他の人は知らないので適当に描いてもわからないし、お話としてもあまり知られていないものがあるので有利だと思っている。「小栗判官」は江戸時代の人はみんな知っていたと思うが、今はほとんど知られていないお話で、室町時代末期の説経節の一つ。何年か前に宝塚で小栗をやったときに(2009年「オグリ!」)主演女優のインタビューに私の漫画を読んでいたと出ていた(asahi.comの宝塚花組・壮一帆インタビュー)。「小栗判官」は現代語訳が出版されていないので、原文もそんなに難しくはないが慣れないと読みにくいようで、わかりやすく漫画で読んだのだと思う。

「小栗判官」が特に印象深いのは、描いていた途中で昭和が終わり、手塚治虫先生がお亡くなりになった。ちょうど節目の頃だった。また、自分が「小栗判官」を描く前に横浜ボートシアターという劇団が運河に浮かべた船で小栗を上演(1982年初演「小栗判官照手姫」)。1985年、新宿のシアタートップスのこけら落としでも上演された。それは東洋文庫の原文をそのまま役者たちが語っていた。それが素晴らしく、インスパイアされて漫画に描きたいと思ったのがきっかけだったのだが、そのシアタートップスも去年閉館された。いろいろな意味で長い間漫画を描いてきたのだなと感慨深い思いだった。


○「アネモネ駅」
『通販生活』がつげ義春の代表作を一通り再録をした後、描き下ろしで連載していた短篇集。


○デビュー当時のお話
自分は『ガロ』で育てていただいたわけではなく、実際はあまり『ガロ』には描いたことがない。投稿作「ものろおぐ」を載せてもらったが、初めてちゃんと描いたのが「ホライズンブルー」。何故これを『ガロ』で描けたかというと、その当時『ビッグコミック』で連載していたので、生活が安定していたから。『ガロ』と『ビッグコミック』同時に描いていた漫画家は多分私と、もしかしたら初期の水木しげる先生だけだったと思う。そういう変な漫画家なのでホームグラウンドが全然ない。

『ガロ』には投稿したものを載せてもらっただけで、その後は『劇画アリス』 で描いていた。『劇画アリス』はすごくマニアックな雑誌だった。『アリス』で出たのは、桜沢えりか、岡崎京子、田口トモロヲ(田口智朗名義)など。その当時の『アリス』はエロ劇画を中心にしていたが、編集長がちょうど米澤嘉博さんだった時代。自分は大学4年生だった(近藤)。

「ものろおぐ」は渡辺和博が長井勝一に勧めた。近藤さんを世に出したお二人はすでに亡くなっている(手塚)。

『ガロ』に載る人は何度も投稿したり持ち込みしたりして、長井さんに厳しく審査されたりするらしいが、私は一回なんとなく送って、載せていただいたので、それで満足した。第三者の評価があったと思ったので。『ガロ』は原稿料が出ないので、『劇画アリス』などに描いていた。でも一回だけ描いた『ガロ』に渡辺和博さんの「熊猫人民公社」という漫画が載っていて、それが大好きだったので、とても嬉しかった(近藤)。

○長井勝一の思い出
私はほとんど『ガロ』と関係がなかったので、長井さんとあまりお会いしたこともなかったが、デビューする前に学生の頃、友人が青林堂に漫画を買いに行きたいと言って、神保町の材木屋の2階に、狭い急な階段を上って行った。ドアを開けると、そこに長井さんがいらして、宇野重吉みたいな人がいるなと思った。友達が永島慎二の「漫画のおべんとう箱」を買いに行って、長井さんがそれを風呂敷に包んでくれた。もう一回友達と行ったときには、唐十郎の「糸姫」という劇の篠原勝之さんの絵のポスターが貼ってあった。欲しいねと友達と言っていたら、「それは先手必勝だな」と長井さんに言われた思い出がある。


○質問コーナー

Q:心理学とか勉強されたことはありますか?
A:若い頃は『現代のエスプリ』とかムックみたいなものを読んでいました。

Q:雑誌『奇想天外』でお見かけしたことがあるのですが、描かれていましたか?
A:本誌は小説ですが、『マンガ奇想天外』に短篇を描いていた。高野文子さん、大友克洋さん、吾妻ひでおさん(「不条理日記」)らが載っていた。おもしろい良い雑誌でした。

Q:今日お着物かと思っていたのですが、最近のお着物ライフはいかがですか?
A:震災の後はなんか余裕がなくなって、あまり着なくなりました。特に理由はないが、落ち着かない感じになってしまいました。今年も着たのは新年会とあと1回くらい、前はもっと着ていたのですが。本当は今日も着てくればいいかなと思いましたが、心身ともにゆとりがないと着物はなかなかゆったり着られないなということがわかりました。

Q:エッセイに「他人の自由は尊重しましょう」という文章があったが。
A:他人に迷惑をかけなければ、どんなことを考えても自由だと思う。自分の自由を尊重してもらいたいから、他の人の自由も認めるということです。東京都の条例で漫画の規制が行われている。ある作品は描くのは自由だが売ってはいけないというもの。その基準は審査会みたいなものもつくられてはいるが、わりと恣意的に進められているもので、それは危険だと思っている。東京の森美術館で会田誠さんの絵が問題視され公共の場で展示してはいけないと訴えている団体がある。会田さんの絵を見て不愉快に思う人が大勢いるのはわかるけれども、人の感覚によって発表の場を奪われるということはやってはいけないことだろうと思う。他人の自由を奪うことは自分の自由も奪われることを覚悟しなければならないからです。都条例のとき、漫画の自由を守るのなら、石原慎太郎がひどい小説を書いて発表する自由も認めねばならない。それは大事なことだと思っている。

長井勝一漫画美術館のイベント
青林工藝舎「アックス」編集部だより
2013.03.23. 21:49 | イベントレポート