
近藤先生は1985年11月に新宿THEATER TOPSのこけら落とし公演で横浜ボートシアターの「小栗判官・照手姫」(脚本・演出:故・遠藤啄郎氏)をご覧になり、そこから“再生のエネルギーを得た”とあとがきに書かれています。そして、1990年に描き下ろしで白泉社から「説経・小栗判官」を上梓されています。
「説経 小栗判官」3種類。
その後、1986年5月に「マハーバーラタ・若きアビマニュの死」を横浜船劇場でご覧になったお話も今回のトークショーで出ました。
「新版 小栗判官・照手姫」は20年ぶりに2023年11月に藤沢・遊行寺本堂、東京・シアター代官山で初演、 2024年7月にも藤沢・遊行寺本堂と牛込箪笥区民ホールで上演され、今回が3年目となります。
・横浜ボートシアターの歴史
・当時の船劇場の様子
・横浜ボートシアターの公式Youtubeチャンネル
舞台は14:00開演。休憩15分を入れて16時間55分頃まで。その後少し休憩が入り、17:10頃から17:40頃まで行われました。壇上には、劇団代表の吉岡紗矢さん、劇団員の奥本聡さん、松本利洋さんが上がられました。司会進行は女優・演出家・劇作家の西山水木さん。
以下、メモと記憶から概要ですが、近藤先生がお話されたことのみ書きます。
●横浜ボートシアター創生期の「小栗判官・照手姫」を観た印象
説経節は学生時代に読んでおもしろいと思った。今から40年くらい前で、当時はインターネットのなかった時代で、映画や催し物などいろいろな情報は雑誌の『ぴあ』に載っていた。演劇はあまり観たことがなかったけれど、ほかの情報を探していてぺらぺらめくっていたら、横浜ボートシアターという劇団が「小栗」をやるというのを見て、あれは演劇には向かないんじゃないかと思った。でも、どういうものなのかと新宿のシアタートップスという小劇場のこけら落としで上演されたのを観に行ってびっくりした。
それは、説経節のテキストそのままをやっていたこと。例えば現代語訳するとかアレンジなどして現代劇として上演するのではなく、本当に古い言葉をそのまま演じていたので、こういうやり方があるのだと思った。いろいろな場所で上演しても、それぞれ合う。それは物語に普遍性があるから。こういうことが出来るのなら、漫画でも出来るのかもしれないと考えた。
それで、テキストに忠実に漫画で再現してみた。ボートシアターの舞台を観て確かわりあいすぐにとりかかったものの、連載ではなく描き下ろしだったので、自分が描きたいときに描くというか。描く準備を始めたのが平成が始まった頃だった。
●横浜ボートシアターの船劇場の印象
自分が船劇場に行ったのは「マハバーラタ」という舞台で、ボートってどんな感じだろうと思って行ってみた。中に入ってしまうと、別に揺れたりもしない。昔の小劇場ってろくに椅子もないようなところも多かったのだけれど、ちゃんと椅子もあって、心地よい感じで。木製のボートなので、なんとなく包まれているような感じがして、それがすごくよかった。
●今日上演した「新版 小栗判官・照手姫」について
前に代官山でやったときにも観たのだけれど、あのときよりも引き締まったというか、充実した感じがあった。音楽がすごかった。皆さん、音楽をやりながら演じて、大変そうだなと思った。
前の時は終わりに桜吹雪が舞って、それがお祭りのような感じだった。あれはあれで祝祭的でよかった。今回はそれを押さえた演出で、本来の“鎮魂の物語”という要素が出ている。祝祭と鎮魂の両方の要素がある物語だとあらためて思った。
●「小栗判官」の魅力は?
この物語は今の価値観でいうと、ヤバイところがある。でも、破壊的なまでのエネルギーがあるというのがおもしろいなと思う。自分は女性や少女が犠牲的な苦労をして、それを称える物語が好きではないけれど。こういうふうに実際に生身の役者さんが演じられるのを観ると、苦労話ではあるけれど、エロスというか生命力にあふれていて、やっぱり感動してしまう。
●一番好きなシーンはどこ?
いろいろあるけれど、やっぱり小栗が復活するところが、一番好き。
●説経節に惹かれたきっかけは?
大学生の頃に、例えば「源氏物語」とかメジャーなものではなく、あんまり人に知られていないような物語をやりたいと思った。説経節は昔はとても流行したものだったが、ほとんど忘れられてしまっていた。そういうものに興味があった。
また、説経節にはあまりにも変な話が多い。残酷な話があったり、その反動ですごく栄えた話が合ったり、幅が広い。それは物語の古いパターンで、それが露骨にでてきて、自分にとっては新鮮だったし、おもしろかった。
●原作のあるものを描くときのポリシーはあるか?
原作に忠実に描きたいので、なるべく変えないように、ここは何が書いてあるのかを一生懸命考えて描くようにしている。
原作にもよるが、このキャラクターはこうだろうと考えながらやっているので、考証をしていく。例えば坂口安吾の「戦争と一人の女」に5年くらいかかったのは、戦時中の普通の人の生活は実はわからないせい。資料はたくさんあるだろうと思って、たかをくくっていたら、いざ調べると全然ない。
例えば、モンペがいつから着られるようになったのか、わからない。昭和20年になって空襲があるようになってから、着物では逃げられないので“モンペ”が登場してきた。いやいやながらモンペをはくようになったが、都会の奥様やお嬢様がいやがるので、当日の一流なデザイナーがオシャレなモンペをつくったりしている。そういうものを調べていくのが私は楽しみなのだけれど、原作物を描くときは考証は絶対に必要。
●これからどんな世界を描いていかれますか?
「家守綺譚」が終わったばかりで少し休んでいるところだけど、今度は近未来的な話をやりたいなと考えていた。ところが今の世の中があまりにもどこに行くのかわからない。「こんなこと起きないでしょう?」と思うことが起きていている。今、すごく難しい。いろいろ考えているが、現実にリンクすると、私の想像を超えた事態が出てくるとしれないと思うと、今、悩んでいるところです。
ここからは私個人の舞台の感想です。やっとこの舞台が観られてよかったです。近藤先生の「説経 小栗判官」は白泉社、筑摩書房、KADOKAWAから3回とも版元を変えて刊行されていて、ボートシアターのことも後書きに書かれていたので観たかった。初演時は劇団の存在はもちろん知っていましたが内容がよくわかっておらず、「新版」過去2回の上演はタイミング合わずでした。今回、近藤先生ご自身も登壇されるので何はさておき行ってきました。
「説経 小栗判官」というか照手姫については神奈川県民にとってはよく知られた話ですし、ボートシアターの船が横浜の船上生活者の歴史に密接に関わっていることも知っていたので、この二つの組み合わせは面白いなとずっと以前から思っていました。
近藤先生の作品を読んでいるので、筋はわかります。この物語をどう上演するのだろうと思って観ていました。やはり仮面と音楽がとてもよかった。仮面だと長い時間を経て役者が変わっても同じ空気が出せるのかもしれない。音楽も舞台上に多くの装置をおけないので裏ではなく舞台上で全員で演奏しながら演じるという舞台はあるけれど、楽器までオリジナルというのはおもしろい。
このお話で好きなところは、登場人物が窮地に陥ったとき、解決が難しそうな相手を言葉の力で説得するところですね。後藤左衛門が照手姫から手紙の返事をもぎとるところ、小栗が鬼鹿毛を説得するところ、照手姫が萬屋の主人に遊女になることを断るところ、餓鬼阿弥を引くために暇をもらえるよう説得するところなど、気合いと道理で難しそうな相手を説き伏せて意思を貫くあたりのパワーが好きです。
また来年も上演されるかもしれませんね。


